で…旅館ですよ。1泊3000円の標準的だと思われる旅館。
〜
二人で、いやぁよかったね、なんて言いながらオジサンの後をついて階段を上る。
「はい。この部屋ね。鍵はなくさないでね」
オジサンはドアの前で俺に鍵を渡し「アリガトゴジャイマス」と言い残して、笑顔で去っていった。
さあ、韓国旅行の幕開けだ。
プレイボールの瞬間。
ドアを開けるっ!
一瞬空気が凍りつく。
よぼせよ…よぼせよ…
マガリくん…
どうしよう…
なるほど…
なるほどね…
やっと他のところで連泊を断られた理由がわかったよ…

どうしてベッドが丸いの!
どうして枕が二つで布団が一つなの!
どうしてベッドの頭のところに
ティッシュがたくさん置いてあるの…
ラブホテルじゃん…_| ̄|○
夜。
「先、シャワーするね♪」
「う…うん」
などと明らかに男二人には相応しくない会話。
そしてお互い背を向け合いながらベッドに入る。布団はひとつ。
微妙だ。
かなり微妙な空気だ。
つまり、そういう空気が流れている気がする。

嫌だ! 嫌だ!
しかしテレビと電気を消すと、部屋は深夜の海岸のように静まり返る。
耳を澄まさなくても聞こえてくるのは潮騒じゃなく、隣の部屋からハートマークのアハンウフンの喘ぎ声。
上の部屋からはミシミシ床が軋む音。
状況は完璧だ。
犬肉食堂にいたオジサンの言葉を思い出す。
「犬を食べたら今夜はビンビン! クハハハハ!」
そういえばマガリに彼女がいるという話は聞いたことがあるが、実際に見たことはない。
まさか…
一つの疑惑が浮上。
妄想は夢遊病のように1人で歩きだして止まらない。
彼が少しでも動くと、警戒してしまう俺のナイーブな心と体。
2人の間には一本の細い蜘蛛の糸がピンと張られているようだ。
爆発しそうな心臓の音が、それを伝ってマガリに聞こえてしまうのではないかと心配になる。
やばい…。このままでは眠れない…。
一大決心。
ここで人生10位にはランクインされるであろう勇気を出した。
「ねえ、マガリ…」
「……うん?」
「…いや、なんでもない」
ふぁあああ! 何だ、この甘い男女の会話みたいなのは!
「ねえ、もうちょっとそっち行っていい?」
ドキっ!
「ダ、ダメっ!」
「ベッドから落ちそうなんだけど」
「…あ、そうね。ベッドからね。うん。うん。そうね」
何とか確認したい。しかしストレートに言うのは嫌だ。怖い。怖すぎる。
遠くから、遠くから間接的に聞くんだ。

「…ねえ、マガリ」
「なんだよ」
「…ち…ちなみにどんな女がタイプ?」
こんなことしか聞けなかった_| ̄|○
「そうだな…見た目は…背が高くてやせてて胸が小さくて、で、上品に目が細くて日本的な…性格は、そうだな知的で……
意外にもかなり具体的に答えはじめた…
ごめんね、マガリ。あのとき俺は何にも聞いてなかったよ。
お前が熱心に自分の好みを言えば言うほど、俺は幸せな気分になるとともに…
お前への罪悪感で胸が締め付けられる思いだったよ。
2004年3月…ここに懺悔_| ̄|○ アーメン