【第2話】ヨボセヨが聞きたくて |
約11時間の空の旅も無事に終え、ソウル。
早朝5時
金甫空港に到着。
正直に言って申し訳ないが、これが国際空港かと思うほど汚い・・・
空港内に微妙に漂う香辛料やキムチの匂いが寝不足の脳みそをさらに溶かす。
ああ、気持ち悪い…とにかく飛行機の後はいつも体調が悪くなる俺。
しかし!これは楽しい旅行じゃないか!勉強しなくていいのだ!
そう思って自らを鼓舞。
入国審査も終えて、両替。成田空港から家までの電車賃はNZで日本円に両替してあるので
それ以外のお金は全てNZドルから韓国ウォンに替えた。
さあ、冷房の効いた空港内から一歩出る!
ソウルの空気だ!
って暑いんだけど…
死んじゃうよ……
冬から来たのに…
長袖のトレーナーとか着てるし…俺。
死ぬほど夏…蒸し暑い…
吸い付くように身にまとわりついた甘くて重い、ドーナッツのような空気のことは忘れられない。
2000年8月
20世紀最後の夏、韓国、ソウル---------
暑い(;_;)
地下鉄でソウル市内へと向かう…。
地下鉄の中の雰囲気も、人も、モノも…
日本のものと75%同じなんだけど、何かが違う。異分子が混ざってるというか…。
微妙な差が、しっくりこない…というなかなか面白い第一印象を得た。
しかしながら、長期間アジア文化圏じゃない国で生活して、直接韓国に行ったということで郷愁にも似た印象を受けたこともまた確かだ。
「そうそう。アジアってこんな感じ」と。
光化門にある安い旅人宿へ直行。そのまま5号線で一本だから便利だ。
ソウルの地下鉄は東京と比べて、とてもわかりやすいのが好印象。
線によって色で識別できるようになっているし、駅の出口も番号で統一されている。
日本のように北口、東口…など方角を書かれても、頭の中に地図など浮かばない。
数字のほうが単純でいいと思った。
さらにどの線でも鉄道会社が同じらしく乗り換えで料金もかからないし駅構内の移動もスムーズに行える。
これなら旅行者も迷うことはない。東京もこのぐらいわかりやすくして欲しい。未だに迷子になる。
さあ、旅館。
情報網を駆使して見つけた、最も安いであろう二人部屋で2000円、つまり一人1000円という格安の宿。
部屋の広さは…二人が寝たら他に何もスペースがない程度。テレビはあるが韓国語がわからないのであまり意味がない。
そして韓国特有のオンドル(床暖房)もこの夏を前にしては不要の長物。
窓が…あることはあるが、パソコンのモニターと同じぐらいの大きさだ。
風が入ってくる希望は薄い。酸欠を防ぐ程度の役割だろう。
絶望的だと思われたが、俺たちを安心させてくれたものが天井についていた。
扇風機!
彼がこの地獄の暑さ緩和してくれる救世主!20日間、お願いしますよ。
荷物を置いて、とりあえず向かったのは日本人が人口の20%を占めるという噂の明洞。
街の概観はゴチャゴチャして統一性はないが、人のエネルギーで満ち溢れている。
若い女性の80%がポニーテールで、その縛った後ろ髪に大きなリボンをつけていた。
そしてダボダボした綿パンにラルフローレンのポロシャツ。
男は髪の毛が短い。刈上げにポロシャツ。襟は立てている。
やっぱり日本と違うね…。とにかく人間ウォッチングは楽しい。
まずは喫茶店で今後の作戦会議。
リボン&ポニーテールのウエイトレスさんが持ってきた…メニューを見て驚く。
何だこの値段!
あ…ウォンは円よりゼロが一個多いのか…焦った…
いやいや、それにしても高い。
普通のジュースが500円ぐらいする。
日本より高いじゃないか。愕然とする。
味もいたって普通だ。なんか損した気分…。
雰囲気もおしゃれだし、ソファなども豪華だが…でもやっぱり高い。
思ったより物価が高いのか!?
ふと。
テーブルの上にかわいい電話機が置いてある。
店員を呼んで、質問してみたらこんな答えが。
「in Seoul, all free. This is service」
どうやら、市内通話ならしてもいいらしい…。
意味がわからない…。ニュージーランドと同じように市内通話は無料なのだろうか…謎だ…。
喫茶店に来て、電話をする…確実に初体験…。
韓国の流行なんだろうか。
はぁっ!!!
思い出した。
とてつもない衝撃。
韓国人の生ヨボセヨが聞きたい…。
実は、ニュージーランドでこんな友達がいた。
彼は日本人。英語を勉強しに語学研修でNZに行ったのだが、どうにも英語が嫌いで、絶対に英語で話そうとしないという特殊な人だった。
どこで知り合ったのか、韓国人夫婦の家の一室を借りてそこで生活していた彼。日本料理屋で日本語だけを使ってバイトをしながら生きていた彼。
その韓国人夫婦を除いては外国人とのコンタクトを遮断して、外国に住んでいた彼。なかなか面白い男だった。
ところで電話。
通常なら「Hello」と受話器を取るのが普通だが、彼の家では「ヨボセヨ」(韓国語でもしもし)と言うことを義務付けられていた。
ちなみに彼の話せる韓国語は「ヨボセヨ」「キダリセヨ」(お待ちください)の二つだけだ。
彼に電話をかけるたびに「ヨボセヨ」と謎の言葉を発するわけで、外国語が嫌いな彼が韓国語を話すって…
これがとっても面白くて、彼が「ヨボセヨ」と出たら俺も「ヨボセヨ」と言って会話が始まる。そんな甘酸っぱい思い出があったのだ。
そう。彼の鼻にかかったような声で発せられるインチキ臭いヨボセヨは、果たして正しい発音だったのか…
考えてみれば、その時点では最も親しみのある韓国語はヨボセヨだったのだ。
聞いてみたい…
その瞬間、小学生に戻った。
ガイドブックに載っていたソウル市内にある旅館の電話番号を少しだけ変えて電話をする22歳…
どこかにかかるはずだ…
トゥルルルルルルル
トゥルルルルルルルルルルルルルル
ガチャ
「ヨボセヨ」
ヾ(≧▽≦)ノ"
ヨボセヨだ!
生ヨボセヨだ!
これが産地直送のヨボセヨか!
この罪悪感と好奇心が複雑に交じり合った状態で、直接耳にしたヨボセヨ。
その音が生み出す緊張感と喜びが…精神年齢小学生の最低の日本人(22歳)がイタ電を続けることを助長した…
お父さんも「ヨボセヨ」
お母さんも「ヨボセヨ」
おじいちゃんも「ヨボセヨ」
おばあちゃんも「ヨボセヨ」
いやあ、本当にヨボセヨって言うんだな…もはや感動の領域。
さて、最後にもう一度だけ聞いてこの悪戯をやめようと思った…その最後の相手。
敵は突然現れた。
トゥルルルルルルル
トゥルルルルルルルルルルルルルル
ガチャ
「…ウェー」
な、何?
ウェー?
ちょ、ちょっと待て。それはデータにないぞ。
ウェーって何だ。しかもその気だるい声。
おそらくは20代かと思われる女性。かなり声が低く、寝起きだったかもしれない。
何やら有無を言わせぬ迫力があった…
ヨボセヨが出てこなかった動揺もあり、さらにその彼女の声に圧倒された俺は急に弱くなる。
「あ、ああ…ソーリー」
「イセッキモヤナジャゴイッソッタンマリヤ!!!!!!」
ガチャーーン!
何と言ってるかはよく分からないが雰囲気で全ては伝わった。
彼女は悪戯をした子供を罵倒して、タイガーアッパーカットぐらいの気持ちで受話器を叩きつけたのだ。
…ごめんなさい T^T
素敵な教育だった・・・
韓国女性は恐ろしい…
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