2004/12/01: 『紅しょうがの思い出』

このホームページを始めてからと言うもの、実際は辛いことも色々あったさ…とか
薄暗いバーでバーボンをダブルで飲みながら渋い声で言ってみたいけど
いつもヘラヘラハッピーの俺としては辛いことなどほとんどなかったと言っていいだろう。
そもそもバーボンとか苦くて飲めないし。

とにかくおかげさまで面白いことはたくさんあった。
その中でも何が面白いって、世界で人間より面白いものはない。
五感と古い記憶はしっかりつながっていて、桃の甘い香りを嗅ぐと思い出す人もいるし、
ミスチルの曲を聴くと思い出す人もいるし、そして紅しょうがを見ると思い出す人もいる。この人。

当時は毎日のようにログインしていたMSN。
ある日、メッセージが遠い場所から飛んできた。

「おい、私は今フランスにいる。パリだ、パリ。しかも2年も韓国に帰ってない」

これが後日、東京の我が家に居候になる人間の第一声だった。
「だからなんだ」以外のリアクションができない、この無礼極まりない言葉にもなぜか腹を立てるわけでもなく、
フランスパンは本当に美味しいのかとかくだらない質問をしたような記憶。
少し話をすると
「あ、行かなきゃ。また」と勝手にオフラインの世界に消えていく勝手な相手。
それでもパソコンを使えるときは必ず話しかけてくる。どうやら孤独で寂しいらしく、話し相手を求めていたようだ。
ただ自分で気づいているのかどうかわからないけど、
あまりのワガママさと口の悪さが原因で誰も相手をしてくれない状態。
個人的に変人は好きだし、それにわざと変人を演じているわけじゃないということがわかったときから、
この人間の存在が
「愛らしいバカ」として大切なMSN友達になった。昨年の今頃の出来事だった。

ただ性格はど真ん中バカとは言え、頭脳レベルは普通より相当高い。

中学も高校も行かなかった人生。
それでも13歳のときに検定考試(高校卒業の資格を得られる試験。日本で言えば大検のようなもの)
に合格してるんだから、まあ普通じゃない。
「試験前に30分だけ勉強した」と言うのは、当時の韓国最年少記録。

そして現在。20歳そこそこにして、韓国語、中国語、英語、ドイツ語、フランス語と5ヶ国語をすべて大学に入れるレベルで操るわけだ。
特筆すべきは中学の義務教育で習うべき英語すら知らずに3~4年で後天的に外国語を学んだというところ。
実際にはアラブ語、ロシア語も少しできるんだと。まあ、すごい。平凡な人間とは別次元の世界だ。



しかしエッフェル塔の下でこんな写真を撮ってる人間だ。


この空気の読めなさは、やっぱり普通じゃない。


世の中の全てがバカばっかりに見えていた10代。
人生つまんないから自殺したいけど勇気もないので、1円も持たずにアフリカまで行って、
生き延びたら人生諦めない、と決めたこの愛らしいバカ。
「自分勝手に世界中に迷惑をかける」とほぼ同じ意味の行動を成し遂げる空気の読めない女。
話だけ聞くと腹が立ってくるのだが、この居候が持っている二つの大きな才能「頭脳」と「愛嬌」。
特にその愛嬌の威力がすさまじい。外貌的には美人とは確実に言えないけど、なぜか人々に親切にされ愛される。
アフリカの内戦地(コンゴだったかな?)にもぐりこんで現地ゲリラに襲われかけたりするが、
結局は誰かから無償の助けを得て生き延びるのである。

とにかくこのような愛らしいバカが突然
「来年の1月に日本に行く」と言い始めた。
この人、一応パスポートなどを見れば性別は女で間違いないのだが、
中学生であるべき年齢のときに山奥の寺で3年だか4年だか修行して、
精神的に性の解脱をしたとかなんとか言って、まあ結論としてはこの人間に性別はないのである。
恋人とか結婚とか、そういう概念とは別世界に生きているわけだ。
そういう意味では、人間と人間以上の関係ではないため、ある意味で全く気を使わないでいい間柄。
これは最高。


この写真も最高。



そして何よりも家に泊まることを許可した理由は
「日本語を勉強したい」という一言。

天才というのを見てみたかった。
ワタクシの本職は日本語教師で、前も今からも続けていくであろう大好きな仕事。
やっぱりこの手の仕事をしている以上は、恐ろしいぐらいの頭脳を持つ学生を教えてみたいという単純な欲望がある。
そして当時、東京にある日本語学校で教えていたのだが、満足していたとは言えなかったのも影響したのだろう。

そこで
「一生懸命勉強するなら(居候しても)いいよ」と彼女に言うと
「ま、日本語ぐらい余裕でしょ」と相変わらずのビッグマウス。話はまとまった。


2004年1月の話。
身長177cm 体重65kgの俺。
この二つの数値を上回る、180cm 67kgの人間がフランスから釜山を経由してやってきた。
デカッ。布団から大きな足が出てる。普通じゃない。




とにかく俺、弟、妹、居候の4人での共同生活が始まった。



滞在予定は2ヶ月。
もちろん基本的には日常会話ができれば成功と言えるんだけど、
それでも点数化される努力目標として、この時間内で日本の大学合格水準をゴールに設定。
いくら文法や語彙が似ている韓国語を母国語とするとは言え、これは尋常ではない。
漢字は中国語ができるから障害は少ないだろうけど、それでも漢字表記が違うし、
さらに60日しかないので文法以外に単語を最低でも1日150個ぐらい覚えなきゃ足りない。
まあ、普通じゃない。

とりあえず日本に来る前に
「飛行機の中でひらがなとカタカナを覚えて来て」と指令。
日本に来てから
「こんなの山手線の中、15分で全部覚えた」と生意気発言が飛び出す。
時間が惜しかったので到着した次の日から、普通の日本語学校の学生に教える20倍の速さで勉強開始。

日がたつにつれて恐ろしいスピードで教科書のページが進んでいく。
それでも受験生のように12時間とか勉強してたわけじゃない。
まあ、せいぜい4~5時間だろう。ただ集中力が違う。



その代わり、最低でも12時間ぐらい寝ていたが。充電中。



内容は関係なく、何かを教えた経験のある人なら感じることだと思うんだけど
学生と向かいあって座り、その学生が問題を解いているなど、考えている姿を見ていると、
その頭の中がどのぐらいの速度で回転しているのかが見えてくるもんだと思う。
ある学生を見ていると
「ああ、速いなぁ。これは俺より頭いいわ」とか感じるわけで、



で、この居候は、すごかった。
今まで(と言っても4年ぐらいしか経験ないけど)の学生の中でも圧倒的な速さ。
見えないぐらいの速度で煙出しながら回転していた。見た瞬間、ドキドキした。
ジダンのトラップ、大川慶次郎の「バカに良く見えますね~」どころの騒ぎじゃない。

……




…だったのだが


順調な日々だったのに…






ある日こつ然と消えた( ´゚,_」゚)








テーブルの上には
「京都へ行ってくる」という置手紙。




そして数週間が経ったある夜。午前3時ごろ、突然帰ってきた。

もちろんヒッチハイクで。

しかもトラックの運ちゃんに京都から東京の俺の住んでいたアパートの目の前まで送らせたツワモノ。
挙句に途中で名古屋城見物すらついている。もちろん財布の中は空なので朝・昼・夜の3食付きで。
そりゃそうだ。韓国から中国、ロシア、北欧を経由してアフリカまで無銭で行った人間が
この島国で、しかも東京-京都の往復ぐらい屁でもないだろう。
しかも何を気を使ったのか、ご丁寧に八橋までお土産で買ってきてる。いったい誰の金で買ったんだか。






「明日、帰るわ」

と、予定より2週間ぐらい前に、突然何かを思い出したように言い出す居候。

「あ、そ」

そんなのに慣れてきた俺。

「じゃ、これ」

と日本語能力試験1級の模擬テストと聴解問題のカセットテープを渡す。
6週間の勉強じゃ、どう考えても無理だろうと思いながら。

まあ予定通りじゃなかったけど、天才というのを垣間見たし、目の前で超高速回転も見られたのでいい経験になった。

人間と人間の関係としても楽しかった。
死ぬほどまずい「生ニンジンおにぎり」を持って、公園に写真を撮りに行ったのもいい思い出。



料理のセンス0で、不味いものを作ると「中国ではこれが国民の味だ」と言う癖もいい思い出。

「これが日本で一番美味しい!」
と松屋に行って、持ち帰り弁当用の紅しょうがを50袋ぐらい持って帰ってきた姿もいい思い出。



一緒に出かけてもお互いに勝手に行動するので、途中で必ず見失う。
新宿に行こうと出かけても、家から歩いて5分の電車の駅に着くまで離れ離れになって
そのまま別々に一日を過ごしたりしてた。

そんなのも楽しかった。



で、そんな居候は今、フィンランドにいるらしい。
フィンランドと聞いて、恐ろしいほど思い出すものがない。
なんだろう世界地図でデンマークを食べようとしている恐竜の首の部分の国だ。

そこで言語学を勉強している。
曰く、その道の権威が教壇に立つ大学があり、世界で一番合格が難しいとされる言語試験があると言う。
外国人留学生に関しては10年前に1人、ノイローゼになりながら勉強して合格したのを最後に
その後は誰も、その偉業を成し遂げていないそうだ。もちろんその試験はフィンランド語で出される。
詳しいことは知らないけど、頭の痛くなる話だ。



そんな遠い国から写真が一枚送られてきた(いい写真だと思った)。



こんな自然しかない場所で一人暮らしているんだとか。
退屈なんだろうが、それでもおそらくは相変わらずのビッグマウスで
「世界で一番難しい試験? 余裕だよ」
とか言いながら楽しく過ごしていて、
あっさりと合格しちゃうんだろうか。

あ、ちなみに日本語能力試験の1級は7点足りなくて不合格だったけどね。
(400点満点で70%以上が基本的に合格。居候は273点だった)




と昨日、話の中で紅しょうがが出てきてこの人間のことをふと思い出したのだ。
んー。来週、日本に一時帰国するから紅しょうがを買って送ってあげることにしようかなぁ。
いや…松屋に行こう…か…



というわけで、思い出した勢いで書いただけの文ですが…
世の中には面白い人がたくさんいるってことですか;
ワタシの数少ない友達の話でしたとさ。




∩( ・ω・)∩ マンセー