2004/07/09: 『DNA 2』

ミョンドン。
日本人の観光客が吸い込まれるように行く街。ミョンドン。

胸に大きく「ITALIA」と書かれたティーシャツを着ている人が
道行く人の30%を占めていたのは今や昔。
最近はニッポンフィーリングなる一過性のブームが来た。
一部の若者がちょっと前に日本で流行した服や髪型を真似ているのだ。
さらには日本の歌を韓国語でカバーされた曲が流れたりするもんだから
この妙な雰囲気に、時代に取り残され気味のオジサンとしては、
ミョンドンに行くたびにいったいそこが韓国なのか日本なのか分からなくなる。

で、そのミョンドンにあるサムゲタンの店で撮影があった…


んだけど…












1時間遅刻_| ̄|○





本当にごめんなさい_| ̄|○



ひとしきり激しく謝った後に、スタッフさんが撮影の段取りを説明してくれる。


…ですよね?

やっぱり演技しなきゃいけないですよね_| ̄|○


そりゃそうですよ。理解しますよ。
いくら素人とはいえ、ある程度は番組制作の意図する台本通りに
ことを進めなきゃいけないのは当然のことですよね。
ある程度のコンセプトや流れは、撮る前から決まってるはずですよ。
同じ食べ物系の番組をオヤジの店で何度か見てきたので予想通りとも言えますが…
ただ、ですね、求めることが…ちょっと大きすぎると言うか…
演技…演技ね…


演技と俺。
基本的に思ってることは言って、素直に正直に生きるのがモットー。
演技ってのは、良質の嘘なんですよ。僕の中では、ですね。
無理なんですよ。基本的に。
演技とワタシと銘打って、過去の演技記録を紐解いてみる。


小学校3年生のときの学芸会。

俺たちのクラスは『不思議の国のアリス』だった。
デビュー役は「トランプの兵隊6」だった。
戦闘シーンでただ思いっきり倒れるだけだった。
台詞はなかった。





小学校4年生のときは主役でしたよ。
ある意味の主役。

『黄金の子牛』という物語。

渾身の力を込めて、子牛の口の部分に設置されたホースめがけて息を吹き出し、
その空気で青い紙切れがヒラヒラして、水を吐いているように見せる…という大役だった。
しかし、もちろん動物なので台詞はなかった。
劇が始まってからひたすら息を吐くタイミングだけをうかがっていた。






小学校5年のときは『りんごの木』という題名だった。
「りんごの木」の役だった。
5本ぐらいある中の1本だった。
台詞はなかった。
動いてはいけないという指示だけを忠実に守った。
練習時間が虚しかった。





小学校6年のときはどんな劇だったか記憶すらない。

兵隊→牛→木と、徐々に人間から離れていった俺の役。
そして最後の引退公演となった小学校6年の俺の役は
「風」というもはや生命すら持たない役回りだった。
今になって思えば、出番がない人のために無理やり作った役。
クラスのいじめられっ子と、登校拒否寸前の女の子と3人で
青い服を着て長い棒を持ちながら「ビュー」と叫び、アホのように舞台を駆け回った。




人生で唯一の台詞だった。



「ビュー」が。




そんな演技経験ゼロの俺が、引退から14年の時を経て
異国のテレビ番組で高難度の演技をしなきゃいけないのだから
世の中とは分からないものである。


●MISSION1● <道を聞く>

スタッフの人が軽く言う。
「まずはそこらへんを歩いてるアガシに道を聞いてくださ~い。
コリア劇場がどこかって。みんな知ってるから大丈夫!」


「OKです(*゜▽゜)/」
 (はぁ…)

「あ、ナオキさん! できるだけかわいい子ね!」

「OKで~す(*゜▽゜)/」 (はぁ…)

何をしに来たんだろうかと自問自答を繰り返しつつも必死に美人を探す俺の目。

………

これがなかなかどうして、女性選びに対して意外に妥協しない俺がいる。
擬似ナンパみたいな気分になってきた。

お!美人発見!(←ちょっと楽しくなってる)


「あの~すいませんヽ(*´∀`*)ノ」

「……」


道に落ちてるゲロを踏まないように、さり気なく横に瞬間移動し、俺を回避する女性。


_| ̄|○


虚しさが胸の奥からこみ上げる。俺は何をしているんだろう。
自問自答を繰り返しつつも、目の前にある任務を遂行することに必死な俺。
獲物を狙うハンターはミョンドンの街中で目を光らせる。

しかし、ターゲットとなりうるカワイイ子がなかなか見つからない…

「あのぅ、かわいい子がいないんですけど…」
とスタッフに愚痴る俺。始まってそうそう凹んできた。

「じゃ、かわいくなくても、おばさんでも誰でもいいよ」

「はいっ…」


負けるな!頑張れ俺!パイティン!

「あの~すいません、コリア劇場はどこか分かりますか?ヽ(*´∀`*)ノ」

「…さぁ…ちょっとわからないです…」

「そうですか…ありがとごじゃいました(´・ω・`)」






「あの~すいません、コリア劇場はどこか分かりますか?ヽ(*´∀`*)ノ」

「…ここら辺はあまり詳しくないんで、ちょっと…」


「そうですか…ありがとごじゃいました(´・ω・`)」


このパターンが連続で5分ぐらい続く。

コリア劇場は有名で、誰でも知ってるって言ったのに・゚・(つД`)・゚・



まあ、確かに意味不明にターバンを巻いた日本人らしきオジサンに
微妙な韓国語でいきなり話しかけられて、しかも横にカメラマンの人がいて、
このカメラがグググって、顔にめがけてものすごい勢いで寄っていく。
そりゃ逃げるよね…普通…_| ̄|○


しかも、知らないって言いそうな素振りを見せようものなら、後ろでスタッフが
必死に20メートル先にあるコリア劇場を指差して、聞こえない大声で
(あそこ! あそこ!)と女性たちに合図を送っている。

このコントみたいな世界にいた俺。どうして…。
韓国料理を食べて ヽ(*´∀`*)ノ オイシー って言えば終わるって聞いてたのに…






・゚・(つД`)・゚・アアン





で、ですよ。最大の挫折ですよ。

聞いてくださいよ。もう、ダメですよ。

「あの~すいません、コリア劇場はどこか分かりますか?ヽ(*´∀`*)ノ」
後ろからヒザカックンをやられたら、そのままアスファルトに顔から突っ込んでいただろう
力の抜けた状態の俺が、最後の力を振り絞って聞いたわけですよ。



「あ…あ…」
ちょっと焦った様子の小柄な女性3人組。




3人で目を合わせ、その2秒後ぐらいにその中の一人が、
恐る恐るこう言ったんです。

























「アイ アム ジャパニーズ」

















                                   ○_| ̄|○
           ○_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○|_    /\      \/\
          | ̄                  _|   \          /○
             ̄|                 ○   /            _|
           ○                |_   ○            |_
          | ̄                 _|  | ̄           ○
             ̄|                 ○   ̄|          /\/
           ○                |_   ○/       ○\
          | ̄                _|    \/\○| ̄|_
_| ̄|○_| ̄|○ ̄|                ○





崩れ去った。
これほどまでに道に崩れ落ちたことはなかった。
本気で国へ帰ろうと思った…
むしろいっそのことこのまま道の中に吸い込まれたいとも思った…
それでも後悔しないとも思った。

あうふぅ…もうナニジンだかわからんですよ。
撮影開始10分で精神ズタボロですよ。



しかし…慣れているのだろうか、優しいスタッフに励まされつつ…
ようやく…ですよ…
絶望は希望の始まりにすぎないんですよ。
ワタクシは、とうとう、とうとう見つけたのです。

光り輝いていた。
名も知らぬ少女。推定年齢18歳。
大学生1年生ぐらいだろうか。

テレビのカメラも全く気にせず堂々と指をさし、コリア劇場の位置を教えてくれたのだ。
話によると、コリア劇場という名称ははるか昔に消え去っていて、
今は違う名前になっているとのこと。そりゃ、みんな知らないわけだね…


とにかく!俺は救世主を見つけた。
どうして自分がこんなに辱めにあっているのかを忘れ、
ありがとう。ありがとう。心の中で100回ぐらい感謝の言葉を叫んだ。
そして場所を説明をしてくれるこの少女を見つめた。
まだ化粧するのに慣れていないような初々しい顔立ち。
そして魅力的な大きい目。
そして高すぎず、控えめな鼻…


鼻…






………


















長い一本毛がっ…!




ごめん!ごめん!
これ、全国放送…

ごめん。

マジごめん。

俺は考えた。
放送で、自己主張の激しいアレが出てしまうだろうか。

カメラの位置を素早くチェック。




やっぱり彼女の顔から20cmの位置でピッタリマンマーク_| ̄|○

いくらハンディカムと言っても、テレビ局が使ってるカメラだ…
質が悪いわけがない…細部まで映し出すことだろう…

彼女を守るためにいっそこの話のやり取りをNGにするか…とも考えた。
突然発狂したふりでもして、撮影中断にしようか、と考えた。
でも…誰しも自分の身がかわいい。これ以上は…これ以上は…


ごめん。そのままスルーしました_| ̄|○











こうして多くの犠牲を生みつつも、
最初からどこにあるか分かっていたサムゲタンの店の前に。

「あ、ここかぁ」

と小学校6年の「ビュー」以来、14年ぶりの台詞を棒読みでかまし、
お腹ペコペコ~早く食べたい~というのを表現するためにスキップかまして店内へ。
という素敵なイモ演技しながら無事第一関門を突破したのです。




続く