例えば…ふとした瞬間、信じられない状況でエロを感じることはないだろうか。 私は今日、エレベーターの中で突然起こった出来事によって一枚奥の本質的なエロを感じた。 そして、その感情を得る前の過程段階で、久しぶりに神経を研ぎ澄ました戦いをしたと言っても過言ではない。 そう。そのエレベーターに乗ったのは3人だった。 一人目は小柄でかわいい女性。 彼女に対して特別な恋愛感情はなく、いつも視界に入ったとき「かわいいなぁ~」と思っている程度だ。 特に親しいわけでもなく、1日に2度挨拶するという、同僚としては極めて無難な間柄だ。 仮にタナカさんとしよう。 そして二人目は、30過ぎの太った男性。 周りに気を使わなく、声が大きく態度も大きい。あまり得意じゃないタイプの人だ。 そこまで強い嫌悪感はないが、基本的にウマが合わないと思っている。 それでも彼とも特に接点はなく、同じ職場で働く人という以上に何の関係もない。 仮にナカムラとしよう。 そして、俺。 この3人で同時にエレベーターに乗ったのだった。 俺も中学生じゃないので、きれいな女性と一緒にエレベーターに乗ったからと心が小刻みに躍るわけでもなく、 苦手な男性と一緒にエレベーターに乗ったからと不快になるわけでもない。 私が6階、タナカさんとナカムラは7階だった。 通常であれば、目的階までのその十数秒を一緒の空間で過ごす以外に、特に変わったこともないはずだった。 しかし 事件は起こったのだ。 悪魔が来たのだ。 その正体とは…ライターで火をつければ、爆発しそうなぐらいのエネルギー。 カメハメ波さながらの勢いで放出された人的資源ガス。 腸で発酵あるいは腐敗して生じたガスが圧縮され、限界を迎え、ビッグバンのごとく噴射。 その弾き出されて密室に充満した悪魔を、嗅覚どころか体全体で毒ガス室の疑似体験した。 本気で生命の危機を脅かす臭いがしたのだ。 世間一般で使われる言葉を使うなら、屁だ。 屁ですよ。 放屁ね、放屁。 そう。まさにそれが開始の花火であるかのように、今、密室空間でのミステリーが幕を開けた。 そして、それと同時に神経をすり減らす心理戦も展開されることとなった。 自分のことは自分で分かる。 犯人は俺じゃない。 俺は探偵になった。さあ、推理の時間だ。 この中に犯人はいる! 暴いてみせる、じっちゃんの名にかけて!(うーん、懐かしい) 容疑者は2人。犯人はどちらかだ。 しかし手がかりはゼロ。 犬じゃないんだし、臭いがする方向を嗅ぎ当てられるはずもない。 いや、そういう次元の屁じゃない。 屁というか悪魔だ。その狭い密室空間全体を覆っている悪魔なのだ。 推理は難しい… 真実は、タナカさんかナカムラのどちらか悪魔を解き放っていない人だけが知る。 いや、違う… もう1人の被害者も犯人が誰か分からず悩んでるはずなのだ。 つまり… 俺も容疑者だ…_| ̄|○ すなわち… 1人の犯人を暴かねばならないと共に、自分の身の潔白を証明する必要があるという不可解な立場。 まさに悪魔の大三角形。 究極の三角関係 さあ、3人の位置関係を図解しておこう。 黄色が俺で、ドアの横にあるボタン列の前に立っている。 そして赤がタナカさん、そして青がナカムラ。 しまった。 この位置は… 後ろを振り向けない位置だ。 全体の雰囲気を背中でしか感じることができない。 これはかなり不利な条件だ。 はっ! うがぁああっ! ふと、こんな考えが頭をよぎる。 俺じゃないもう1人の被害者が、あまりの臭いに耐えられなく横の人をチラっと見る。 目が合う2人。 そこで犯人が自己弁護のために、首を小さく横に降って「私じゃないよ」と、目線を返したらどうなるか。 自動的に犯人が俺になってしまうじゃないか!! 冤罪にも関わらず、ナカムラの画策によってスカンク君とかいうあだ名で飲み会のネタにされる。 そしてあれだ、次の日に職場ではチラッと俺を見て ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` ) …こうなるのか。 挙句の果てに、俺とすれ違うときは息を止めるのが職場仲間での暗黙の儀式になる。 給料袋は名前じゃなく、鉛筆で「スカンク」と殴り書きしてある。 そして異臭事件が起これば、問答無用でみんなの視線が俺に集まる。 嫌だ!それは全力で回避したい。 しかし、俺の立ち位置が…危険だ。極めて危険な位置だ。 しかしながら、もはやこの位置からの移動は不可能。 さっきも言ったように振り向くことさえもできない。 呼吸の音すらも感ずかれてはならない緊迫した雰囲気なのだ。 現実を見よう。3人の中でこの臭いに気づいていない人の存在を期待するのは不可能だ。 つまり、振り向くという軽率な行動をとることによって、何らかのメッセージを送ることになり、 この空気のバランスを崩すことになってしまうのだ。 ■シミュレーションNo.001■ タナカさん=犯人の場合
だめだ さあ、どうしたもんか… おい、ナカムラ! 「いやぁ、ゴメンゴメン。臭いか? ハハハ。昼飯をちょっと食べ過ぎたかなぁ」 とか言ってくれよ。お前なら言えるキャラじゃないか! 「あの…ごめんなさい。私なんです…」 というタナカさんの台詞は聞きたくない。 あなたは職場に小さく可憐に咲く一厘の花。 そんな台詞はいりません。 とにかくタナカさんを悲惨な状況に追い込みたくない。 じゃあ、こうしよう。彼女をかばうのだ。 敢えて俺が犯人だと名乗り出て犠牲になるのだ。 ■シミュレーションNo.002■ 俺=犯人を演じる 本当の犯人=タナカさんの場合
これか! これだ! この危機的状況をプラスに転じさせる究極のテクニックだ。 脳内シュミレーションでは完璧だ。 しかし一方でそのアイデアに立ちはだかる高い壁。 ■シミュレーションNo.003■ 俺=犯人を演じる 本当の犯人=ナカムラの場合
だめだ! 結局はナカムラ=犯人で、彼が自供しない限りはすべての可能性を検証しても無駄だ。 タナカさんを犯人と決定付けてしまうか、もしくは自分が犯人だと思われてしまうか、このどちらかしかないのだ。 つまり…ここはじっと耐えるべきなのだ。 犯人を特定せず、50%のバランスのまま保つことが最高の妥協案。 何より、この案は犯人にとってとても助かる。そうだ。人を追い込むのはよくない。 50%で冒険をするよりは、このままがいい。 するとどうだろう。少しは気が楽になってきた。 そして、こんなことを考える余裕すら出てきた。 この悪魔は、タナカさん、ナカムラ どちらから生み出されたものなのだろうか。 現実逃避と言ってもいい。 どうしたことか、この臭いは彼女のものであって欲しいと願う心が芽生えてきたのだ。 エロティシズム 俺はその密室にエロを感じた。 そうだ。 普段は挨拶だけで、それ以上は未来永劫なんの進展もなさそうな俺たちの関係。 そんな一同僚の俺には見ることもできない彼女の秘部、そして恥部とも言える部分を共有できたこの瞬間。 そのニオイがいい悪いの問題にどれほどの意味があるのだろうか。 真実はいつでも具象化した何かの裏側に潜んでいるのだ。 そして幸せとは、その何かを肯定的に考えた先にあるのだ。 そう。私は幸せだった。 そう考えることが人生を楽しむ方法だ。 有意義な一瞬を過ごした。 俺がそう結論付けたのと同時に、3人が乗ったエレベーターは目的階へ到着した。 俺は、後ろを振り返ることもなく、最後の残り香まで彼女を感じた。 そして2人を残し、開いたドアの向こうへと一歩踏み出したのであった。 背後ではドアが閉まった音がする。 しかし… …小さな違和感。 いつもと少し違って聞こえるその音に、タナカさん、またはナカムラの裏切り行為を予感した俺の心の一部分。 その心を悪魔とするのか、裏切るであろう犯人が悪魔なのか。 じっちゃんが誰であれ、謎をすべて解くのは難しいようだ。 =完= *この話はあくまでもフィクションです。 ここに登場する人物、団体は架空のものであり、実在する人物、団体とは一切関係あくません